岡山地方裁判所 昭和53年(ワ)673号 判決 1985年9月24日
原告 大広康夫
右訴訟代理人弁護士 一井淳治
小林淳郎
右訴訟復代理人弁護士 光成卓明
被告 同和鑛業株式会社
右代表者代表取締役 西田堯
右訴訟代理人弁護士 小野敬直
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、四千万円及びこれに対する昭和五十年十一月十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者の関係
(一) 被告は鉱業の外に、地方鉄道事業である岡山県備前布西片上から久米郡柵原町に通じる「片上鉄道」を経営する会社である。
(二) 原告は昭和四十九年二月被告に雇用され、被告の片上鉄道事業所に配属され、駅務員として片上駅に勤務し、昭和五十年七月頃から和気駅で構内作業係の駅務員として勤務していた者である。
2 本件事故の発生
原告は次の事故によって受傷した。
(一) 発生日時 昭和五十年十一月十日午後二時五十分頃
(二) 発生地 「片上鉄道」和気駅構内
(三) 事故の態様 上り本線に到着した貨物列車の国鉄線への入替え作業中、同列車の最後部に装着されていた尾燈を、原告が走行中の同列車から下り本線に停車中していた貨物列車の緩急車のデッキに投げ入れた際、構内線路近くにあったコンクリート製電柱に頭部を激突
(四) 原告の受傷 頸椎捻挫
3 本件事故に至る経緯
(一) 原告の本件事故当日の作業内容
(1) 原告は本件事故当日、和気駅構内で、上り本線に到着した貨物列車を国鉄線に入替える作業に従事し、その作業手順は、機関車から突放された一連の貨車に添乗し、貨車が国鉄線に入ってたところで、ブレーキ操作をしながら国鉄線内の別の貨車に連結するというものである。
(2) 原告は、右当日の午後二時四十五分頃に、和気駅プラットホーム上り本線に到着した片上駅発第六十四貨物列車(以下「甲列車」という。)の貨車を国鉄の上り四番線に入替える作業に従事した。
(二) 甲列車の尾燈の処置
(1) 片上鉄道の貨物列車の尾燈は、通常その最後部に緩急車が連結されそれに固定され、これを取外す必要がないものであったが、甲列車には緩急車の連結がなく、尾燈が最後部の貨車自体に装着されていたため、尾燈を装着したまま国鉄の貨車に連結すると所在が不明となるので、それ以前にこれを取外しておく必要があった。
(2) また、甲列車は片上駅発で、それに装着された尾燈は同駅が管理していたものであることから、これを取外した後は次便の片上駅行きの下り第五十五貨物列車(以下「乙列車」という。)の緩急車に乗せて送り返す必要があった。
(3) ところで、この尾燈の取外しは駅長の職務と、当時の和気駅取扱規則ではなっていたが、現実には人手不足で駅長以外の職員でも、これに気付いた者が適宜取外さざるをえない状況にあった(もっとも、本件事故後は専ら駅長が尾燈の取外しをしている。)。
(三) 原告の甲列車の尾燈の発見とその具体的処置方法
(1) 原告が到着したプラットホームで甲列車の最後部の貨車に添乗した後、間もなくして右列車は上り本線を西に進行し、別紙図面記載のA点(以下同図面表示の地点はその記号のみで示す。)附近にその最後部の貨車がきたところで停車したが、その際原告は自己が添乗した貨車の後部に尾燈が装着されたままになっているのを発見し、これを取外した。
(2) 原告は、その取外した尾燈を右手に持ったうえ、最後部の貨物の最前部南側(下り本線側)の取手を左手で掴んで添乗した状態で、貨車は突放され、その最後部の貨物を先頭にして、渡り線を東へ後退する形で進行し始めた。
(3) 右突放された甲列車の進行する渡り線の南側に沿って片上鉄道の下り本線があり、本件事故当時、乙列車がB点附近を最後部として東に向けて停車し、その最後部に緩急車が連結されていた。
(4) そこで、原告は、突放された甲列車が東進して、原告の位置がちょうど乙列車の緩急車の前部デッキに差掛かった時に、左手で貨車の取手を握ったまま身体を伸ばし、右手に持っていた尾燈をそこに投げ入れた。
(5) なお、原告が緩急車の前部デッキに尾燈を投げ入れた理由は、一般的に車掌は駅舎に近い側のデッキ(本件でいえば前部デッキ)から出入りするので、後部デッキに尾燈を置くと、車掌が見落して片上駅に持ち帰るのを忘れるおそれがあったためである。
(6) ところが、甲列車はいつもの突放し速度よりも、早い時速二十五ないし三十kmの速度で進行したため、原告は身体を伸ばした態勢を元に戻す暇もなく、乙列車の緩急車前頭部より約八・五m東の地点にあるB点のコンクリート製電柱(以下「本件電柱」という。)に左側頭部を激突させてしまった(原告が尾燈を投げ入れてから電柱に激突する間での時間は、甲列車の当時の時速二十五kmとしても、わずか約一・三秒に過ぎない。)。
4 被告の責任……その一(民法四百十五条)
本件事故の発生は、原告の雇用主である被告の次のような安全保証義務違反によって生じたものであるから、被告は民法四百十五条により、右事故によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(一) 電柱の不適切な位置への設置
(1) 操作業における作業は、車両が線路上を通過するという性質上、元来高度な危険を伴うものであるから、使用者である被告は、従業員が作業をおこなうについて、これによって生起しうるあらゆる事態を想定して、事故を未然に防止するための安全な環境設備を整備確保する義務がある。
(2) すなわち、本件事故現場において、貨車に添乗して作業中の従業員がやむをえない原因(例えば、健康上の理由、外部的な原因、業務上の必要など)で、身体を大きく傾かせて貨車の外に身を乗りだす形になる事態が発生する可能性があり、かつ当然に予想されるところであるから、被告としては、このような場合に、外に身を乗りだした作業員の身体が線路脇に設置されている電柱に衝突することがないように、安全な位置に電柱を設置すべき義務がある。
(3) ところで、本件電柱の脇を通過する渡り線路上における貨車のステップ(貨車の側面)から本件電柱の端までの距離は八十二cm(すなわち、本件電柱の地面より二m上の周囲が八十六cmで、その半径が十四cmであり、右ステップから電柱の中心点までが九十六cmである。)である。これに対して、原告が貨車のステップに足を掛けて上体を外側へ寝かせた状態における貨車側面から肩までの直線距離は九十cmであり、さらに後頭部を寝かせた状態における後頭部までの直線距離は九十八cmである。そうすると、本件電柱の設置位置では、原告が貨車に添乗して身体を外側に寝かせた状態にすると、当然に原告の身体と右電柱が接触することとなる。
(4) このように本件電柱の位置が渡り線にごく接近していたため、構内作業員が貨車に添乗した際常に身体が危険な状態にあり、現に被告は本件事故後この電柱をD点に移植した。
(5) したがって、本件電柱を管理している被告としては、貨車の外に身を乗りだした従業員の身体の安全を確保するためには、本件電柱の位置を貨車の側面から百十二cm(右頭部まで寝かせた場合の直線距離九十八cmに、電柱の半径十四cmを加えた距離)以上離した位置に建植する義務があったところ、この義務を怠った結果本件事故が発生したものである。
(二) 安全教育の懈怠
(1) 被告は、採用した原告に対して、構内作業に従事させる前に一般的安全教育を施すべきことは当然であるが、さらに日常業務においても、その就労前に安全について具体的な指示を与え、作業上の危険箇所についてもこまごま注意をする義務がある。
(2) ところが、被告は、原告を採用し本件事故に至るまで、業務知識や作業方法等の教育を原告に対してまったくせず、採用後に「運転取扱心得」一冊を与えたのみに過ぎず、原告はこの心得を読んでも理解できなかった状態にあった。
(3) また、被告は、原告ら従業員に対して、横内作業における危険な電柱設置箇所として注意を与えたのはC点の電柱だけであり、本件電柱(B点)についてはなんらの注意もしなかった。
(4) したがって、原告は本件事故当時入社後もまだ日も浅く、構内作業員としては未熟であったものであるから、被告としては、平素から危険を避けるべき方法を具体的に教え、かつB点に設置されている本件電柱が作業上危険であることに注意を与えるべきであったにもかかわらず、この義務を怠った結果本件事故が発生したものである。
5 被告の責任……その二(民法七百十七条)
(一) 本件電柱は土地に定着した工作物であり、被告はこれを所有し、あるいは管理占有していたものである。
(二) 設置保存の瑕疵
(1) 前記したとおり、本件電柱の脇を通過する渡り線において、貨車に添乗した作業員が安全に作業するためには、作業員が外に身を乗りだすことがあるので、本件電柱を右線路上の貨車側面から百十二cm以上離れた地点に設置しなければ、その身体の一部が電柱と衝突する危険性があった。
(2) しかしながら、本件電柱は右線路上の貨車側面から九十六cmしか離れていない地点に設置され、作業員の右作業上これと身体が衝突する危険のあるものであった。
(3) この危険性は、被告において当初から判明していたことである。
(4) したがって、本件電柱にはその設置保存に瑕疵があり、これによって本件事故が発生したものである。
(三) したがって、被告は、民法七百十七条により、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。
6 損害
(一) 治療経過及び後遺症
(1) 原告は、本件事故による頸椎捻挫の受傷によって、本件事故の翌々日である昭和五十年十一月十二日以降、川崎医科大学付属川崎病院や草加外科整形外科医院、魚住医院、俣野外科医院、小林外科医院に入通院し、現在に至るも治療中である。
(2) 原告は現在、発熱、頭痛、頸部肩疼痛、手足の痺れ、二重視、耳鳴り、筋力低下などの機能障害が頑固に残り、昭和五十八年二月二十七日症状固定の診断を受け、労災保険による障害等級は十二級十二号と認定された。
(二) 治療関係費 百二十二万六千円
(1) 入院雑費 五十三万六千円
入院総日数六百三十六日につき、一日千円の割合
(2) 入院付添費 九万円
受傷後少なくとも三十日間は付添看護を要し、原告の母が付添ったので、一日三千円の割合で三十日間
(3) 通院交通費宿泊費 六十万円
福岡市にある魚住医院への通院に要した交通費と宿泊費は六十万円を下らない。
(三) 休業損害 一千六百四十万三千百三円
(1) 原告は前記のとおり被告に勤務していたが、本件事故による受傷のため、事故の翌日である昭和五十年十一月十一日から症状固定の診断を受けた昭和五十八年二月二十七日までまったく就労できなかった。
(2) 原告が本件事故前の一年間に被告から得ていた収入は百八十九万八百四十七円を下だらず、かつその年間の昇給率は九%を下らないので、これに基づいて右の期間の収入を計算すると二千九万八千五十八円となる。
(3) ところで、原告は右期間に、被告から給与、休業補償立替金、扶助費、公傷見舞金などの名目で三百六十九万四千九百九十五円の支払を受けた。
(4) したがって、原告の休業損害は差引き一千六百四十万三千百三円となる。
(四) 逸失利益 四千七十一万千三百三十四円
(1) 労働能力喪失割合及び喪失期間
原告は本件事故の後遺症によって少なくとも十四%の労働能力を喪失し、その喪失期間は症状固定時の二十七歳から六十七歳までの四十年間に亘り、右後遺障害による労働能力喪失が継続する。
(2) そこで、前記したとおり原告の収入は年間百八十九万千八百四十七円で、その昇給率が年九%であり、原告が被告を退職する満五十五歳まではこれによる収入をあげられ、かつ退職後はその年収の七十%を得られたものである。
(3) したがって、これに基づいてホフマン方式によって、原告の逸失利益を計算すると、その合計は四千七十一万四千三百三十四円となる。
(五) 慰藉料 一千万円
(六) 弁護士費用 六百万円
7 よって、原告は、被告に対し、本件損害賠償金七千四百四十四万三千四百三十七円の一部として四千万円及びこれに対する本件事故の日である昭和五十年十一月十日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実は認める。
3 同3項の事実について
(一) その(一)は認める。ただし、甲列車は午後二時五十分に到着した。
(二) その(二)のうち、(1)は認める。
(2)のうち、甲列車に装着していた尾燈を片上駅に送り返す必要があったことは認める。しかしながら、この尾燈は翌日の片上駅発の同じ第六四貨物列車で使用されるものであったから、必ずしも原告主張の同駅行きの乙列車で送り返す必要はなく、この点に関する原告の主張は否認する。
(3)は否認する。すなわち、和気駅においては、尾燈取外しに関する取扱規則はなかったが、従来から作業上の申合わせ事項として、尾燈は駅長又はその場にいる作業員がこれをおこなうこととされており、このとおり現在に至るまで実行されている。すなわち、本件の尾燈の処置については、甲列車が和気駅のプラットホームに到着した際、その担当作業員であった原告がそこで尾燈を取外してホーム上に置くという作業手順となっていたものであるが、これを原告が怠ったものである。
(三) その(三)のうち、(1)ないし(4)は認め、その余は争う。
4 同4項について
(一) 認否
その前段は、本件事故に関して被告が安全保証義務に違反しているという点は否認し、その(一)及び(二)の点は争う。
(二) 主張
被告には、次のとおり、本件事故につき安全保証義務を怠ったことはない。
(1) 本件事故の原因は、原告が貨車入替えのための制動作業に従事していた際、片手に尾燈を持ち、もう一方の手で突放された貨車の外側にある取手に掴まった状態で貨車に添乗し、その進行中に下り車線に停車している乙列車の緩急車のデッキに向かって身体を乗りだしたうえ、そこに尾燈を投げ込み、その姿勢をただちに元に戻さなかったために、本件電柱に自らの身体を衝突させたことによって発生したものである。
(2) ところで、突放された貨車の制動作業に従事する従業員には、添乗した貨車でこれに必要な行動をとることのみに専念し、他の作業をすることを禁止されているものであるが、原告はこの義務に違反して、制動作業と関係のない尾燈の投げ入れ行為を行うために身体を外に乗りだしたものであって、原告の一方的な過失によって本件事故が発生したものである。
(3) また、本件電柱の設置位置は、地方鉄道建設規程に基づいているもので、同規程七条によれば、電柱の建設定規は百九十・五cm(なお、同規程はmmで表示されている。)とされているが、本件電柱は二百十七・五cmの地点に設置され、さらに同八条による車両定規から、百三十七・二cmに十五cmを加えた百五十二・二cmの地点に電柱を設置することを許容されているから、本件電柱はこれよりも六十五・三cmも余裕幅がある地点に設置されているものであり、貨車の入替え作業上危険のある地点に建設されているものではない。
(4) さらに、右貨車の入替えに伴う制動作業をおこなう作業員が本件電柱とその身体を接触させるという事故は、本件事故以前にはまったくなく、この事故後に右電柱をD点に移築したのは、原告のような不注意者がいるかもしれないことを慮って、このような事故もその再発を防ぐという趣旨でなされたものに過ぎず、もともと本件電柱の設置位置に危険性があったからというわけではない。
(5) また被告は、原告を採用後三月間片上駅で見習い勤務をさせて業務を取得させ、昭和四十九年六月から仕事に入り、昭和五十年七月一日和気駅に配置後三日間は実地見習い勤務につけ、その後仕事に入ったものであり、また入替え作業については、特に入念な教育指導を行い、その作業手順を定め、具体的な作業毎に他の従業員と共に共同作業の充分な打合せを行なわせ、作業上の要注意箇所については、「和気駅構内入替作業手順」を持たせ、絶えず注意を喚起し、また駅事務所の出入口の上に注意事項を掲示し、作業員の安全確保について具体的な指示を与えていたもので、原告に対して充分な安全教育を施していた。
5 同5項について
(一) その(一)のうち、本件電柱は国鉄の所有であるから、被告がこれを所有していることは否認し、その余の点は認める。
(二) その(二)の点は争う。
前記述べたことから明らかなとおり、本件電柱の設置保存に瑕疵があったものではない。
6 同6項の点は争う。
(1) 原告の事故前一年間の収入は八十一万三千四百四十三円である。
(2) 原告の主張する通院交通費宿泊費について、被告は四十七万五千二百円を支払い、また原告に対して給与などとして五百四十六万七千六百八十四円を支給している。
(3) また、原告は本件事故による受傷の結果、昭和五十三年三月から傷病補償金の支給を受けているので、これを損害から控除すべきである。
三 抗弁
前記二の4(二)記載のような事情のもとにおいては、被告の安全保証義務の履行につきこれを怠った過失はない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者の関係
請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。
二 本件事故の発生
請求原因2項の事実は当事者間に争いがない。
三 本件事故発生の原因
1 本件事故に至る経緯
前記各認定した事実に、請求原因3項(本件事故に至る経緯)の事実のうち、当事者間に争いのない事実と、《証拠省略》を併せれば、本件事故の経緯は次のとおりであると認められ、他にこの認定に反する証拠はない。
① 本件事故当日の午後二時五十分前後に和気駅プラットホーム上り本線に到着した甲列車(片上駅発第六十四貨物列車)は、和気駅の構内作業係によって、その連結されている一連の貨車(型式ワム八〇〇〇〇)を上り本線から国鉄線の上り四番線に入替え作業がされることになっていた。その入替え作業は、別紙図面の赤線で示した線路を使用して行なわれ、まず甲列車が上り本線を西に進行し、最後部の貨車が上り四番線とを繋ぐ渡り線にまできて停車し、その後突放し入替えの方法で最後部の貨車を先頭に自力で渡り線を東に向けて進行し、国鉄上り四番線に進入するというものである。
② 原告は和気駅の構内作業係として甲列車の入替え作業に従事し、その作業の担当は、突放された一連の貨車のうち先頭部の貨車(それ以前の最後部にあたる貨車)に添乗し、国鉄上り四番線に入ったところで右貨車に設置してある手動式制動装置を用いて減速しながら同線の別の貨車と連結するというものであった。また右貨車への添乗及び動作は、進行方向右側側面の先端に車体の下に設置してあるステップに両足を掛け、その上の車体に設置してある取手を手に掴んで、自力で自己の身体を固定し、作業の必要に応じて足下にある制動装置を足で操作して貨車の速度を減速するという方法であった。
③ 原告の尾燈発見とその後の行動
a 原告は右担当する作業を行なうため、和気駅に到着した甲列車の最後部の貨車にプラットホームで添乗したうえ、同列車は別紙図面の赤線のとおり渡り線への分岐点まで西に進んだA点で一旦停車した。その際、原告は自己が添乗した最後部の貨車に装着されているままになっている鉄製の尾燈(赤く塗られた板で、片手で持てる程度のもの)を発見した。
b 甲列車の最後部は緩急車が連結されていないため、貨車に取外し可能な尾燈が装着されていたが、尾燈をこのままにして国鉄の貨車に連結すると所在が不明となるおそれが生じ、入替え作業の際にこれを取外す必要があったもので、かつ甲列車の装着されている尾燈は片上駅が保管しているものであったため、和気駅側としてはこれを同駅へ向かう列車に乗せて送り返す必要もあった。
c ところで、本件事故当時上り本線と渡り線との間にある下り本線(別紙青線で示した線路)に乙列車(片上駅行きの第五十五列車)が、コンクリート製の本件電柱のあったB点(その具体的な位置は、後記で述べるように原、被告で僅かにくいちがいがある。)附近にある緩急車を最後部にして東に向けて停車していた。
d そこで、尾燈を発生した原告は、甲列車から突放された貨車に添乗して渡り線を進行している際、進行右側(南側)に停車している乙列車最後部の緩急車に、この尾燈を投げ入れて、これを片上駅に送り返すことにした。
e そのため、原告は右手に甲列車最後部に装着されていた尾燈を取外し、これを右手で持ち、右最後部の進行右側面の先頭角(南東角)にあるステップに両足を掛け、進行方向の東側に身体の前面を向けて、左手で取手を掴んでこれを支えとして身体をやや外側に斜めに倒して身体を固定したうえ、右手に尾燈を持ったまま下に垂直に下げている状態で、貨車に添乗した。
f 甲列車の貨車は原告の添乗した最後部の貨車を先頭にして、東側に向けて突放され、渡り線を自力進行を始め、原告の添乗し先頭となって貨車がこれと平行して下り本線に停車している乙列車最後部の緩急車の前後についている出入口用デッキの前部(東側)付近に差掛かった。
g 右付近に差掛かった際、原告は、ステップに足を掛けたままで、右貨車の取手を掴んでいる左手の肘を外側に伸ばし、これで外側に身体を斜め一杯に倒し、顔を乙列車の緩急車の方に向けて、右手に持っている尾燈を、右手で下から投げ込むようにして、これを緩急車東側デッキに投げ入れた。
④ 本件事故の発生
原告は右尾燈を投げ入れた姿勢のままでは本件電柱に接触するため、尾燈を投げ入れた後、ただちに元の姿勢に戻そうとしたが、その暇もなく進行方向右側にあったB点の本件電柱に自己の側頭部を接触させて、本件事故が発生した。
2 本件事故当時の原告の尾燈投げ入れ位置と本件電柱、緩急車との相互関係などは、《証拠省略》によると、次のとおりである。
① 事故当時の本件電柱は現存しないが、D点にあるコンクリート製電柱と同様の形状、大きさものであり、地面より二m上の箇所でその周囲が八十六cmで、その半径十三・七cmである。
本件電柱のあったB点の位置(中心点)は、原告の主張では別紙図面の拡大図のB1点で、被告の主張ではB1点から南へやや斜めに二十四cm進んだB2点である。
ところで、本件電柱に原告の側頭部があたった時における貨車の右側先頭部角(南東部角)にあるステップと、本件電柱(中心点)の距離関係は、これとB1点までが九十六cm、B2点が百八cmであり、右ステップに原告が両足を掛け左手で取手を掴んで腕を伸ばして身体を外側に倒した状態において、貨車の右側(南側)側面から原告の肩までの距離は九十cmで、さらに後頭部を外側に寝かせた場合はその側面から後頭部までの距離は九十八cmである。
② 原告が尾燈投げ入れ時における乙列車の緩急車前部(東側)デッキの位置関係は、原告の主張ではB1点から西に八・六m(デッキ北東端の地点)のイ点で、被告の主張ではB2点から西に十二・二十七mのハ点である。
③ 右デッキに尾燈を投げ入れる際の原告の足を掛けたステップまでの位置は、原告の主張ではB1点から西に八・二十六mで、イ点から北へ一・二十七mのロ点で、一方被告の主張ではB2点から西に十二・六mで、ハ点から北へ一・三十九mの②点である。
④ 原告が尾燈を緩急車デッキに投げ入れる姿勢をとった際の位置関係は、貨車右側側面から原告の右肩までが九十cm、右手を伸ばした際の手の先までが百五十三cmである。
以上のとおりであるが、右に見た原、被告双方の主張する位置関係は、いずれが正しいのかを俄に決することができる程の証拠はないので、以下においては双方主張の位置を考慮に入れて検討する。
3 《証拠省略》によれば、① 貨車入替え作業における添乗員の添乗姿勢は、前記1で認定した貨車の側面先端の車体の下に設置されているステップに両足を掛け、その上の車体に設置してある取手を両手で掴んで、これで自己の身体を貨車側面に接近させて固定し、顔は進路前方を注視するものと決められ、この際に手の肘を外側に伸ばすことは禁止されていること、② また当時の和気駅における貨車などの入替え作業は一日に十二回程であり、本件事故が発生するまでは、貨車などの入替え作業に伴って、その添乗員が本件電柱を通過する際に、尾燈を下り本線に停車中の車両に投げ込むため、決められた添乗姿勢とらず、また厳禁されている手の肘を外側に一杯に伸ばしたため、その身体を本件電柱に衝突させるという事故が発生したことはなく、さらに添乗作業員が右電柱と接触して怪我をするという業務上の事故もかつて起こっていなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》
4 本件事故の原因
(一) 以上1ないし3で見てきたことからすると、原告は、甲列車から突放された先頭貨車(それ以前の最後部にあたる)に、右貨車に設置しているステップに両足を掛け、進行途中で他の列車に投げ込むために尾燈を右手で持ち、左手で取手を掴み、その手の肘をやや外側に伸ばして、尾燈を持っている右側身体とのバランスをとって、身体を左手だけで固定した姿勢の状態で添乗し、渡り線を進行してきたが、原告の主張によれば、本件電柱から約八・二十六m手前の地点(被告の主張では約十二・六m手前の地点、以下同じ)で、右手に持っていた尾燈を下り本線に停車中の乙列車の緩急車に投げ入れるため、取手を掴んでいる左手の肘を外側に真直ぐに伸ばし、これを支えとして身体を外側に大きく倒すように寝かして、その結果貨車側面から原告の後頭部まで九十八cm外側にはみだす格好をとったうえ、右手で尾燈を投げ入れたため、その後すぐに身体を貨車側に戻す暇もなく、原告の主張では、貨車ステップから本件電柱の左側面(南側)まで八十二・三cm(九十四・三cm)の間隔がある部分を身体の頭部を通過させることができず、その側頭部を本件電柱に接触させたことによって、本件事故が発生したもので、他方原告が貨車の取手を両手で掴み、その肘を伸ばさずに、決められている身体を貨車側面に接近させて添乗する基本姿勢をとっていたとすれば、貨車が本件電柱の脇を通過する際に、その身体を右電柱と接触する事態は起こらなかったものと認めることができる。
(二) ところで、原告は、その本人尋問で、本件事故時に添乗していた突放された貨車は、何時もより早い時速二十五ないし三十kmで進行したと供述し、このため外側に大きく倒した身体を本件電柱の直前で元の姿勢に戻すことができなかった原因であるとも主張するようである。また地方鉄道運転規則に定められた車両の入替えをする場合における速度は、その九十一条本文によって、毎時二十五km以下としなければならないとされているところである。
しかしながら、《証拠省略》によれば、渡り線とこれに東で接続する国鉄線の上り四番線とは西から東にかけて緩かな下り勾配となり、上り本線を西に渡り線の分岐点まで進行した列車の連結している貨車を入替えるための突放し作業は、その貨車の連結器を外すことによって自動的に東へ進行移動し始めるようになっており、これによって国鉄の右線路まで進行するもので、その速度は時速約十三km程度であり、本件事故時の甲列車の貨車の突放しも同様に行なわれたことが認められる。このことからすると、貨車の突放し作業が機関車などによる衝撃によって貨車を進行させる方法ではなく、地形の勾配によって進行させるものであるから、その突放し速度はいつもほぼ一定であったと認められる。
したがって、本件事故時の原告の添乗していた貨車の速度は、原告本人の右供述するような何時もより早い速度であったものではなく、従前と同様の時速約十三km程度で進行していたものであったと認めることができる。
そうすると、原告本人の右供述は措信し難く、貨車の速度が本件事故の原因となったものということはできない。
(三) 右認定したことからすると、本件事故の原因は、原告が貨車入れ替え作業のため貨車に添乗し、渡り線を進行している際、本件電柱が渡り線と下り本線の間に設置され、その脇を通過する貨車の側面との間隔が狭まっているため、貨車の添乗作業員が決められている添乗の基本姿勢を守らずに外側に身体を大きく倒すと右電柱と身体の一部が接触する状況にあり、このことを認識し予見できたにも拘らず、本件電柱の脇を通過する直前で、右手に所持していた尾燈を下り本線に停車中の乙列車の緩急車に投げ入れるため、貨車が進行している状態で、取手を掴んでいる左手の肘を真直ぐに外側に伸ばし、それで身体を外側に大きく倒して尾燈を投げ入れる姿勢をとったことによるものである。
四 被告の責任その一(請求原因4)の有無
1 原告は、本件事故の発生は使用者である被告の、本件電柱の不適切な位置への設置や、従業員に対する安全教育の懈怠による安全保証義務を怠ったことによって生じたものであると主張する。
ところで、前認定したとおり、本件事故の原因が貨車入替えに伴う添乗作業中に本件電柱の脇を通過する直前で、原告が身体を大きく外側に倒したことによるものである以上、原告主張の被告の右責任の有無を判断する前提として、原告が本件事故の際にとった姿勢が許容されるものであったか否かを先に検討する必要がある。
2 そこで、原告が本件事故の際にとった添乗姿勢の当否に関して、まず検討を進めることとする。
(一) 前記認定したとおり、被告においては、駅構内の貨車入替え作業で貨車に添乗する作業員の進行中の基本姿勢は、貨車の車体下部に設置されているステップに両足を掛け、車体上部に設置されている取手を両手で掴み、その肘を伸ばさないで曲げたままの状態にして、身体を貨車側面に接近させて、この姿勢のままで顔を進行前方に向けることと決められ、手の肘を伸ばし身体を外側に倒すことを禁じているものである。このことからすると、本件事故の際に原告のとった左手のみで取手を掴み、その肘を外側に伸ばして身体を大きく外側に倒す添乗姿勢はこれに反するもので、証人河原勇の証言するように、このような添乗姿勢は不安全行為と見られるものである。
(二) ところで、進行する貨車に添乗中の作業員が、本件電柱の設置されている付近で、その身体を外側に倒す業務上の必要性の有無について検討する。
本件事故時における甲列車の入替え作業に伴う貨車に添乗した原告の作業内容は、前記認定したことから明らかなとおり、突放された先頭貨車の進行右側(南側)の先頭角に設置されているステップに乗って添乗し、渡り線を通過して国鉄線の上り四番線に進入し、そこで添乗している足下にある手動式制動装置を用いて貨車を減速して、同線の別の貨車に連結するというものである。他方、本件において原告が貨車添乗中にとった尾燈の他の車両に対する投げ入れ行為そのものは、添乗作業員の作業内容でないことは、《証拠省略》からして明らかである。
そうすると、渡り線を進行している際における添乗作業員としての業務は、突放された貨車を国鉄の上り四番線に安全に誘導することであり、それはとりもなおさず進路前方の線路の安全を確認することに尽きるものであると認められる。したがって、この場合における添乗姿勢は、右に認定した貨車の側面に身体を接近させる基本姿勢でその業務を追行することができるもので、特段に身体を大きく外側に倒す業務上の必要性はないものである。もっとも、進路前方の安全を確保するために添乗している貨車を制動減速する業務上の必要が生じる場合があることは容易に想定できるが、この場合における制動装置の操作は、検証の結果によれば、両足を掛けて添乗しているステップの脇にでているブレーキペタルに足で乗り身体の重みと反動で、このペタルを下方に下げるものであることからすると、その操作の際の添乗作業員の身体は貨車側面に接近させて、自らの体重の重みをそのまま下に掛けなければならないものであり、そのために外側に身体を倒すことはないと認められる。
したがって、進行する貨車に添乗中の作業員が本件電柱の設置されている附近でその身体を外側に倒す業務上の必要はないものであるということができる。
(三) さらに、原告が添乗している貨車から上り本線に停車中の乙列車の緩急車に尾燈を投げ入れる必要性及び緊急性の有無について検討する。
(1) 尾燈の処理に関する原告の業務上の必要性について
a 甲列車の最後部の貨車に装着されていた尾燈は、前記認定したとおり、片上駅の管理にかかるもので、和気駅においてこれを取外し片上駅へ向かう列車に乗せて送り返す処置が必要なものであり、またこの尾燈が装着されている貨車は、入替えによって国鉄の上り四番線で他の貨車と連結するため、取外しをしないとその所在が不明となるおそれがあるため、入替え作業の際これを取外す必要があったものでもある。
b ところで、《証拠省略》によれば、右尾燈の処理については、甲列車が和気駅プラットホーム上り本線に到着した際、貨車入替え作業をするため、ホームから最後部の貨車に添乗する作業員が装着されている尾燈を取外してホーム上に置くことになっていること、本件事故当日の甲列車の添乗作業員は原告がその任に当たっていたので、最後部の貨車の尾燈も本来原告がこれを取外しホームに置くべきものであったことが認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定したことからすれば、原告において、本件事故当日の甲列車の最後部の貨車に装着されている尾燈の取外しと、それの片上駅に送り返すため同駅行きの列車で返送することを内容とする尾燈処理作業も、入替え貨車の添乗作業の外に兼務していたものであると認めることができる。
c そうすると、右尾燈の処理に関する業務も兼務していた原告としては、前記各認定したことからすると、プラットホームでの尾燈の処理を失念し、甲列車が渡り線への分岐点まで進行して停車した時点で、最後部の貨車に尾燈が装着されていることに気付いたものであるが、その失念によって尾燈の処理に関する業務が解除されるものとなっているとは、本件全証拠によっても認められない以上、これに気付いた以降においてその処理の業務も遂行する必要は現存していたということができる。
(2) 尾燈発見後のその処理業務の内容による緊急度合について
a 尾燈処理業務の内容は、右認定したとおり、尾燈の確保保管と、これの片上駅への返送である。
そこで、原告が尾燈を発見した以降におけるその処理の緊急度合について検討する。
b 甲列車の最後部貨車は貨車入替えによって、国鉄の別の貨車と連結され国鉄の列車として出発することになるため、その最後部に装着されている尾燈は、国鉄の貨物列車として出発する以前までに、これを取外して確保保管する必要があったものである。
ところで、《証拠省略》によれば、右貨物が連結される国鉄の貨物列車は、三千八百六十便として本件事故当日の午後九時二十一分発であったことが認められるので、結局のところ、それまでの間に原告としては尾燈を確保保管する必要があったということになる。
そうすると、このことに、原告が尾燈発見後におけるその確保保管の作業は和気駅構内で行なわれるものであり、かつ尾燈の形状は、前記認定したとおり、赤く塗られた鉄製の板で、片手で持てる程度のものであり、貴重品の類いではないことを併せ考えれば、原告としては、尾燈を発見した後、その発見場所に取外した尾燈を一時置き、貨車の入替え作業が終了した後にこの尾燈を確保保管することも、またその場所で尾燈を取外すことなく、貨車を連結してその作業修了後にただちにこれを取外して確保保管することも、そのいずれかをする時間的余裕があったものということができ、発見後ただちに尾燈を原告自らの手で確保保管しなければならない程の緊急性はなかったものということができる。
c 本件事故当時上り本線に停車していた乙列車は、《証拠省略》によれば、和気駅を午後三時十分に出発する片上駅行きで、甲列車の入替え作業後に一番先に片上駅に出発する列車であるが、原告は、甲列車の尾燈は乙列車で送り返す必要があったものと主張する。
しかしながら、片上駅発の和気駅行きの貨物列車で最後部に緩急車が接続されておらず、最後部の貨車に尾燈が装着されている列車は甲列車(第六十四貨物列車)だけであることが、《証拠省略》からも認められる。そうすると、この尾燈は、被告の主張するとおり、送り返された片上駅で使用するのは翌日の同じ列車編成となる第六十四貨物列車であるということになる。このことに、《証拠省略》を併せれば、この尾燈を乙列車で返送する程の必要性緊急性はなく、それ以降に和気駅を発車する片上駅行きの列車に乗せて返送すれば、それで充分尾燈の返送業務を遂行できたものと認めることができる。
d これらのことからすると、原告は甲列車最後部の貨車に装着されている尾燈を発見した後、その処理作業を遂行する業務上の必要があったものではあるけれども、これを発見後ただちに確保保管して、すぐに発車する乙列車で片上駅に返送させなくてはならない程の緊急性があったものではない。
(3) したがって、入替え貨車の添乗作業をする原告としては、定められている両手で肘を伸ばさないで取手を掴み、これで身体を貨車側面に接近させる添乗姿勢をとらずに、右手で尾燈を持って添乗すること自体はもちろん、添乗中にこの尾燈を乙列車の緩急車に投げ込むため、取手を掴んでいる左手の肘を外側に伸ばし、自らの身体を外側に大きく倒す姿勢とする不安全行動をとる必要性も緊急性もなかったものである。
(四) また、前記認定した本件事故の原因からすれば、原告が本件事故の際外側に身体を大きく倒すという添乗姿勢をとらなければならなかった必要性も緊急性も他になかったことは明らかである。
(五) 以上認定説示したことから明らかなとおり、本件事故の際に原告がとった添乗姿勢は許容されておらず、またそのような姿勢をとらなければならない程の必要性も緊急性もなかったと認められる。
3 本件電柱の不適切な位置への設置の主張について
本件電柱の事故時における設置位置は、前記認定のとおり、被告主張の設置位置でも、原告が添乗している貨車から身体を大きく倒すと、その頭部が接触する位置であったものであるけれども、他方定められている手の肘を伸ばさないで身体を貨車に接近させる添乗姿勢をとっていたとすれば、原告の主張する設置位置でも身体と接触することはなかったという関係にあったものである。
ところで、本件電柱の直前で尾燈を下り本線に停車中の乙列車の緩急車に投げ込むために、原告が添乗中の貨車から取手を掴んでいる左手の肘を大きく伸ばして、身体を外側に大きく倒したのが本件事故の原因であり、この場合にとった原告の姿勢は、前記認定したとおり、不安全行為として許容されておらず、かつ尾燈の処理業務としてもそのような行為をとる必要性も緊急性もなかったものである。
この点に関して、原告は添乗作業員がやむを得ない健康上の理由や、外部的な理由や、業務上の必要による理由などの原因で、身体を外側に倒す添乗姿勢をとることがあると主張するが、業務上の必要による理由はこれがなかったことは前記で説示したとおりであり、また本件事故の原因からすると、健康上の理由や外部的な理由が事故の原因となっているものではない以上、これを前提として、本件電柱の設置位置の不適切さを理由とする被告の債務に瑕疵があったものということはできない。
そうすると、本件事故は原告の不安全行為の結果生じたもので、本件電柱の設置位置が不適切であったことによるものではなく、かつ被告において添乗作業員がこのような不安全行為をすることまでも予想して、その間隔を保った位置に電柱を設置する債務もないところである。
したがって、本件電柱の脇を通過して添乗作業を行なうにあたり、その添乗作業員が走行中の貨車から身体を外側に大きく倒す姿勢をとる事態を前提として、本件電柱の設置位置を右姿勢をとった時に接触しない間隔をとった距離にすべきである債務はないものであるから、これに対する被告の従業員に対する安全な環境設備を確保する債務に瑕疵があったとは認められない。
4 安全教育の懈怠の主張について
(一) 《証拠省略》によれば、① 被告は、昭和四十九年二月に、その経営する片上鉄道の実務員見習いとして原告を採用し、片上駅に配属した。② 被告においては、新入社員に対する現場教育として、「駅関係新入社員現場教育実施要領」が定められ、これに基づいて、その所属長が約三か月間の見習い期間を設けて指導することとされていること、③ 被告はこの指導実施要領に基づいて、片上駅長をして、原告に対し、採用後三か月間にわたり、一般教育、列車運転に関する必要事項、入替え作業の心得及びその安全についての講義と実習が行なわれ、その際入替え作業による車両の添乗姿勢については、肘を伸ばさないで身体を車両に接近させることの教育と実施指導も行なわれていること、④ その後原告は片上駅で構内作業係として、車両の入替え業務などに従事し、同年八月に実務員として正式採用され、その後昭和五十年七月一日に和気駅に配属替えとなったこと、⑤ 和気駅においても、原告に対し、「和気駅構内入替作業手順」を持たせ、その上で実地見習いとして三日間勤務させ、その間に同駅構内の状況作業内容を取得させ、本件電柱についても車両との間隔が狭いため、その脇を通過する際不安全行動をとらないように注意していること、⑥ これに基づいて、原告は同駅で構内作業係として、本件事故当日まで勤務し、その間に添乗作業員として不安全行動による事故を発生させたことはなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》
(二) 右認定したことからすれば、原告は被告の片上鉄道に入社して以降、被告から実務員として車両の入替え作業に関する安全教育及びその実施指導がなされ、不安全行為をとれば危険であることを体得し、かつその後和気駅配属の実務員として、車両入替え作業に伴う添乗業務の際、本件電柱附近で身体を外側に大きく倒す添乗姿勢をとれば不安全行為として危険であることも充分に熟知していたものということができる。
(三) したがって、被告は、原告に対し、和気駅において車両入替え業を行なうに際し、添乗業務について、基本姿勢を守り、かつ不安全行為をとることのないように安全教育の指導を怠っていたものとは認められず、却って、原告はこのことを知りながら、尾燈の処理を急ぐ余り、貨車入替え作業による添乗作業を遂行中に不安全行為をなしたものであることが前認定したことから認められるので、被告の従業員に対する安全教育の債務に瑕疵があったとは認められない。
5 以上のとおりであるから、本件事故の原因について原告の主張する被告の債務についての瑕疵があったものとはいえないので、被告の抗弁を判断するまでもなく、請求原因4の民法四百十五条による被告の責任に関する主張は理由がない。
五 被告の責任その二(請求原因5)の有無
1 請求原因5の(一)は、本件電柱が被告の所有である点を除き、当事者間に争いがなく、被告がこれを所有していることを認めるに足りる証拠は本件にない。
2 本件電柱の設置保存の瑕疵について
(一) 前記認定説示したことから明らかなとおり、車両入替えに伴う添乗作業について、その作業員が渡り線を車両に添乗して進行し、本件電柱の脇を通過する際、決められている肘を伸ばさないで車両に身体を接近させる添乗の基本姿勢であれば、その設置位置で身体に接触することがなかったものであるから、本件電柱の設置位置と車両通過との間隔距離に危険性があったということはできない。
(二) また、《証拠省略》によれば、① 本件電柱については添乗作業員が不安全行為をすると危険である旨の注意箇所として、従業員に対して周知されていたこと、② さらに本件電柱にも、従業員に対し注意を喚起するために、黒色と黄色の虎模様のバンドが巻き付けられていること、③ 本件事故後に本件電柱はD点に移動させたが、原告のような行動をとっても事故が生起しないようにするためであったことが認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠は本件にない。
(三) これらのことからすると、本件電柱の設置位置について、その設置又は保存に瑕疵があったと認めることはできない。
3 したがって、本件電柱の事故当時の設置位置に関して、その設置又は保存に瑕疵があったものとはいえないので、請求原因5の民法七百十七条による被告の責任に関する主張も理由がない。
六 よって、原告の本訴請求は、本件事故に対する被告の責任の点が認められないので、その余の点を判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安藤宗之)
<以下省略>